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照心閣

照心古教とは、先輩の教示を鏡として、自分の心や行いを写して、自らを反省し善悪を知ることであり、照心閣とは修行僧が照心古教するところを意味することから呼称される建物で、1階は受付で2階が梅花流の講習や法要の会場となっています。この会場には、聖観音が祀られています。この聖観音は、昭和62年に104歳で亡くなられた北村西望氏の作によるもので、森永乳業株式会社社長で事実上の創業者といわれる大野勇氏の寄進によるものです。

 

 

 

 

絶海庵

絶海とは、陸地から遠く離れたところの海のように、悟りを得てもはや何も学ぶことのない境地に達したことで、大本山總持寺独住第19世絶海勝俊禅師が建てられたことから呼称される建物で、住職の居室と客間となっています。

 

慈光堂

観世音菩薩の白毫から放たれる光明は、生命あるすべてのものに利益(慈しみ)を与えるという意味から呼称される建物で、日曜参禅会や祈祷法要の会場となっています。この建物には、正月三が日だけご開帳している平安後期(藤原時代)の一木造の聖観音立像が祀られています。

 

聖観音立像 木造一木造 像高81.5cm 台高24.5cm
「像は完全に一木造の手法を以って作られているが、通常、一木造は平安時代前期10世紀頃までに多く作られたが、この像は様式上平安時代後期も12世紀にかかる頃のものと思われる。通常、藤原仏と称せられる像である。製作は精妙で技術は優れている。面貌姿態ともに洗練された技法が示されている。細部にわたって精査すれば後補された部分がかなり多いが、根幹部が多く元のままの材を残しているので貴重である。(中略)後補されたものの中左右の手、天衣、持物、足先、光背等は旧所有者であった山崎朝雲の作になるものであろう」この文章は、鎌倉市立国宝館の館長であった渋江二郎氏の鑑定書の一部分であります。

この観音像は、秘仏でお正月三が日の期間だけ開帳しています。

 

白衣観音像

お身体は白黄色で、白衣を身に著し、左手に蓮華の花を持ち、右手は五指を伸べて腰前に安じて、常に蓮華台にあって坐禅をされているお姿であるといわれていますが、大船観音はその胸像のお姿です。白衣観音は33観音のひとつで白處尊菩薩、服白衣観音、白衣観自在母とも称されています。諸観音の母であるともいわれることから、息災除病の仏として、子宝を授け、安産を成し、子供の無病成長を願う人々がお参りされています。

 

 

 

山門

禅寺の伽藍のひとつ。古くは禅寺の南側と東西に三つ、あるいは参道に沿って三つ建てられたことから三門と書かれていました。三門が山門と書かれるのは、寺の多くが山の中に建てられたことによります。この山門は、昭和60年11月に護持会会長の三浦正夫氏の寄進によって建立されています。

 

 

鐘楼堂

梵鐘を吊り下げて撞き鳴らすための建物。梵鐘は昭和39年4月、味の素株式会社の創業者の長男で3代目社長鈴木三郎助氏からの寄進によるもので、毎日午前6時と正午の時を告げています。